九州(重要伝統的建造物群保存地区)

1.八女市八女福島 2. 八女市黒木 3. うきは市筑後吉井 4. うきは市新川田篭 5. 朝倉市秋月 6. 鹿島市浜庄津町浜金屋町 7.鹿島市浜中町八本木 8. 嬉野市塩田津 9. 有田町有田内山 10. 長崎市東山手 11. 長崎市南山手 12. 平戸市大島村神浦 13. 雲仙市神代小路 14. 日田市豆田町 15. 杵築市北台南台 16. 日南市飫肥 17. 日向市美々津 18. 椎葉村十根川 19. 出水市出水麓 20. 薩摩川内市入来麓 21. 南さつま市加世田麓 22. 南九州市知覧

福岡県

目次

103.八女市八女福島

久留米藩内で最大級の在郷商家町

八女市八女福島

1601年に田中吉正が同地の福島城に入城した際に整備された城下町です。1621年に福島城は廃城となりましたが、同城下町は発展し続けて、久留米藩内で最大級の在郷商家町として栄えました。江戸時代の地割りがよく残されており、道に沿った短冊型の敷地内に耐火性の高い白壁土蔵造りの町家が建ち、明治時代以降に建てられた建造物と共に、町並みを形成しています。

104.八女市黒木

水利を活用した町並み

八女市黒木

1587年に現在の下町が形成され、その後、中町、上町が町立されたといわれています。1714年には黒木廻水路が整備されました。1821年に町が火事に見舞われたことから、居蔵造と呼ばれる土で壁を塗りこんだ防火性の高い町家が増え、矢部川や対岸の棚田など水利にまつわる佇まいの中で歴史的風致を残しています。

105.うきは市筑後吉井

吉井銀とも言われた金融活動も行われた町

うきは市筑後吉井の白壁通り

江戸時代に、久留米の城下町と天領の日田を結ぶ豊後街道沿いの宿場町として発展。やがて、商品作物の集積地や、「吉井銀(よしいがね)」と言われた金融活動などにより栄え、在郷町として繁栄しました。明治2年の大火の後、「居蔵屋」と称される蔵造りの商家が建てられ、今に歴史的景観を伝えています。

106.うきは市新川田篭

くど造りのある山村集落

平川家住宅

隈上川上流部の田篭地区、下流部の新川地区と、豊かな水系によって河川に沿って発達した山村集落。江戸時代に建てられた上から見ると、くど(釜戸)に見えることから言われる、くど造りの国重要文化財の平川家住宅のほか茅葺屋根の民家や、トタンで覆われた茅葺き民家が点在し、石垣で造られた棚田とともにのどかな山村風景をみることができます。

107.朝倉市秋月

秋月藩黒田家の城下町

朝倉市秋月

1623年に、黒田長政の三男の黒田長興が藩主として秋月城に入り、秋月藩の城下町として整備され、江戸時代を通じて繁栄しました。現在も当時の街路の構成や地割り、水路などが保持されていて、城下町らしい歴史的風致を今に伝えています。

武家屋敷 久野邸
秋月城 長屋門
約200年前に架けられた眼鏡橋

佐賀県

108.鹿島市浜庄津町浜金屋町

茅葺町家と桟瓦葺町家が混在した町並み

鹿島市浜庄津町浜金屋町

多良海道が町の中央を通る肥前浜宿の一部で、江戸時代には鹿島藩の港町として、商人や船乗り、鍛冶屋などが住み発展しました。道沿いなどに水路が走り、在郷町としての地割りもよく残り、茅葺町家と桟瓦葺町家が混在して町並みを残しています。今も多くの漁師が生活しています。

109.鹿島市浜中町八本木宿

江戸時代から昭和に至る各時代の建築が混在

鹿島市浜中町八本木宿

多良海道が町の中央を通る宿場町から、江戸中期頃には酒造などの醸造業を中心に発展し、当時の地割りがよく残されています。居蔵造や茅葺、桟瓦葺の町家、土蔵造の酒蔵、武家住宅、洋風建築など江戸時代後期から昭和に至る、各時代の建築が混在し、独特の町並みを醸し出しています。 多良海道は現在、酒蔵通りと呼ばれています。

110.嬉野市塩田津

有明海の干満の差を利用した川港の商家町

嬉野市塩田津

長崎街道の宿場町で、かつ有明海の干満の差を利用した川港でもあった商家町で、蓮池藩の経済の拠点として栄えました。江戸後期に外壁を漆喰で塗り固めた「居蔵家(いぐらや)」と呼ばれる瓦葺き大壁造の町家が多く建てられ、重厚な町並みの景観を形成しています。

嬉野市塩田津

また、川に築かれた石垣には、川に降りる石段や洗い場が設けられ、藩政時代の地割りや、水路などが残り、歴史的風致を構成しています。

嬉野市塩田津

111.有田町有田内山

有田焼きの生産で発展した町

有田町有田内山

17世紀前期より有田焼きの生産で発展した町で、江戸時代に設けられた上の番所(泉山)から、下の番所(岩谷川内)の約2Kmにわたる区間が保存地区になります。道路に面して商家や窯元の屋敷等が建ち並び、江戸、明治、大正、昭和の各時代に建てられた建物が調和して通りに並んでいます。現在も磁器生産の町として知られています。

長崎県

112.長崎市東山手

旧居留地の洋風住宅街

長崎市東山手

1858年に五箇国修好通商条約により設けられた長崎の開港場の旧居留地で、海を見下ろす高台にあり、ポルトガルやアメリカなど、各国領事館や礼拝堂が建ち並びました。

長崎市東山手

明治初期から大正期にかけて、木造の洋風住宅が建設され、桟瓦葺で、海に向かって開放的なベランダを持つのが特徴的です。

長崎市東山手

地区内には、オランダ坂の石畳の道や石垣など 、居留地時代を偲ばせる土木建築物や樹木などが数多く残っています。

オランダ坂

113.長崎市南山手

大浦天主堂や旧グラバー住宅など

祈念坂

長崎港を見下ろす眺望の良い丘の上にある旧居留地で、主に住宅地として使われました。幕末から明治にかけての洋風住宅建築が比較的良好
に残り、居留地の地割りを示しつつ、歴史的風致を形成しています。

旧グラバー住宅(重要文化財)

堂保存地区には、長崎の観光名所でもあります、大浦天主堂や旧グラバー住宅などがあります。

大浦天主堂(国宝)

114.平戸市大島村神浦

江戸時代当時の離島の港町の景観

平戸市大島村神浦

平戸島から約15km離れた北方に浮かぶ15平方キロメートルの的山大島にある港町で、江戸時代前期の捕鯨業を契機として、水産業が発展した。神浦湾沿いの緩やかに湾曲した通りに江戸時代中期から昭和前期の町家が建ち並び、江戸時代当時の離島の港町の情景を残しています。

平戸市大島村神浦

115.雲仙市神代小路

鍋島陣屋を中心に形成された武家町

雲仙市神代小路

1608年に鍋島信房が同地の初代領主となり、鍋島陣屋(跡)を中心に城の堀を兼ねた川に囲まれた武家地が形成されました。江戸中期の
地割りを残し、主屋を囲う生垣や石垣、水路などと相まって、落ち着いた雰囲気の中、時が止まったような美しい町並みを醸し出しています。

雲仙市神代小路 鍋島邸

大分県

116.日田市豆田町

天領日田の町人地

日田市豆田町

1639年に幕府の直轄地となった日田の町人地として発展。南北2本の通りと東西5本の通りの町割りや敷地割りがよく残され、往時を偲ばせてくれます。1772年、1880年(明治13年)、1887年(明治20年)に大火に見舞われたため、防火のために居蔵造(いぐらづくり[瓦を葺いて木部を土で塗り込める造り])に建て替えられました。

日田豆田町草野本家

居蔵造の町家を中心に、真壁造の町家、近代の洋館、醸造蔵、昭和初期の三階建家屋等が並び、特徴ある歴史的景観を残しています。

117.杵築市北台南台

杵築藩の上層藩士の居住区だった武家町

杵築市北台南台

杵築の中心部は谷によって南北に分けられており、北側の台地を北台、南側の台地を南台と呼んでいます。両台地上は、かつての杵築藩の上層藩士の居住区で、藩政期の地割りを残して近世武家住宅の家屋が建っています。

杵築市北台南台

北台と南台の間は、多数の坂で結ばれています。

杵築市北台南台

宮崎県

118.日南市飫肥

飫肥藩伊東家5万1千石の城下町

日南市飫肥

飫肥藩伊東家5万1千石の城下町として発展した地区で、江戸時代初期の城下町の地割りを留めています。飫肥城に近い方から、上級家臣、中級家臣、町家、下級家臣と屋敷配置がなされていて、道に沿って石垣を積み上げ石塀が設けられ、その上が生垣で囲まれていたりします。

日南市飫肥

道幅も当時のままに維持されていて、地方の城下町の典型的な景観を保っています。

日南市飫肥

119.日向市美々津

美々津千軒といわれるほどの繁栄を誇った港町

日向市美々津

江戸時代に、秋月氏領有の高鍋藩の港町として発展。廻船業者が瀬戸内や大阪などとの取引きで繁盛し、美々津千軒といわれるほどの繁栄を誇りました。江戸末期の妻入、本瓦葺の町家や、明治期の平入、瓦葺の町家が軒を連ね、江戸時代末期~昭和戦前期にかけて作られた町並みを見ることができます。

日向市美々津

120.椎葉村十根川

斜面に張り付くように点在する集落

椎葉村十根川

宮崎県北西部の山岳地帯に位置し、十根川集落と大久保集落の二つからなっています。集落は渓谷の斜面に張り付くように点在していて、家屋は斜面の細い土地を利用した「椎葉型」といわれる3、4室の広い部屋が細長く一列に並ぶ、独特の平面形式を有しています。

椎葉村十根川

斜面を活用するために石垣や石段が各所に用いられ、山村集落の景観を形成しています。

鹿児島県

121.出水市出水麓

日本最大級の武家屋敷群

出水市出水麓

薩摩藩最大級の外城で、肥後国との境に近かったことから防衛上重要な場所でもありました。碁盤の目のように広がる街路に丸石を積んだ石垣と高い垣根に挟まれた武家屋敷が並び、歴史的風致を残しています。

122.薩摩川内市入来麓

周囲の山々に溶け込む美しい武家町

薩摩川内市入来麓

鹿児島県の北西部にある薩摩藩の麓の一つで、樋脇川(清色川)に囲まれた武家集落です。江戸時代の地割りが良く残り、玉石垣や生垣によって区画されていて、周囲の山々に溶け込むような感じで、美しい景観を醸し出しています。

123.南さつま市加世田麓

250年前から変わらない「用水路に架かる石橋を渡って武家門をくぐる」景観

南さつま市加世田麓

山城周辺に形成された武家地を起源とする麓で、250年前から変わらない「用水路にかかる石橋を渡って武家門をくぐる」景観を保持しています。自然地形に沿った南北の街路(馬場)と東西の小路を持ち、主家のほか、石橋、門、石垣などの工作物や生垣などの環境物件も含め、地形を巧みに生かして、麓独特の歴史的風致を今に伝えています。

124.南九州市知覧

8つの庭園が、知覧麓庭園として国の名勝に指定

南九州市知覧

江戸時代に、薩摩藩(島津77万石)は藩内を113の外城に分けて統治し、各外城には麓と呼ばれる武家集落が形成されました。知覧もその麓の一つで、防備を兼ねた城塁型の区画となっています。武家屋敷の戸ごとに庭園が築かれ、庭園都市的な造りとなっています。

南九州市知覧

江戸時代の中・後期の作庭になる8つの庭園が、知覧麓庭園として国の名勝に指定されています。

知覧麓庭園
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