〜途絶えた風習を授与品開発で再現〜
三重県明和町の観光地域づくりを推進する一般社団法人明和観光商社が地域住民とともに活性化に取り組む竹神社(三重県多気郡明和町斎宮2757−2)にて、斎宮絵馬伝説にちなんだ絵馬を9月16日(月)より、新たに頒布いたします。絵馬のイラストは、竹神社の神宝「斎宮絵馬」にちなんだものです。斎宮ではかつて、絵馬による占い「斎宮の世だめし」が行われていました。途絶えてしまった風習を授与品として再現しています。
竹神社を軸にした地域の活性化
氏子の減少や自治会などの地域コミュニティ・繋がりの希薄化により、多くの神社では運営が困難になっています。明和町にある竹神社おいては、明和観光商社が、竹神社の抱える地域課題を、「観光」を手段に解決を図る取り組みを2022年より開始。大学にて神道を学んだ明和観光商社のメンバーを中心に、地域の稼ぐ力を引き出す「持続可能な神社経営のための実証事業」を行なっています。これまで竹神社氏子らとともに御朱印の企画や、情報発信、鎮守の森の活用など、観光地域づくりならではの視点で地域コミュニティの活性化と、関係人口拡大へと繋げてきました。
途絶えてしまった風習をカタチにしていく授与品開発
斎宮では、かつて絵馬堂が実在し、絵馬を使った占いが行われていました。その占いに使用し、絵馬堂にて奉納されていた絵馬は、絵馬堂が明治時代終わり頃に廃された後、竹神社へ寄贈され現在は神宝となっています。実際に行っていた占いの方法は途絶えてしまいましたが、伝承として受け継がれている「斎宮絵馬」の物語をカタチにし、地域で繋いでいくために新たに授与品開発を行いました。
今後の取り組み
竹神社と共に取り組んでいる持続可能な神社運営のための実証実験の中での大きな目的は、20年に1度、社殿を建て替える神事、遷座祭を行うことです。そのためには、地域の氏子の協力は必要不可欠となっています。今後、明和観光商社は、時代を得て埋もれてしまった各地区の歴史、文化を発掘し、地域内外に授与品や催しを通して発信していくことで、氏子意識の向上を目指していきます。
イラストレーター小石川ユキ
2023年11月に行なった「斎宮奉納薪能」を鑑賞。竹神社にも参拝し、感銘を受け、「斎宮絵馬」のデザインを担当してくれることに。
図案家・雑貨デザイナー・グラフィックアーティスト・アートディレクター・フォトグラファー。
各地の神社の授与品のデザインや、アートディレクションを担当している。
小石川ユキさんより、竹神社様の絵馬デザインに寄せて
「明和町に伝わる謡曲「絵馬」には、「白い馬の絵馬をかけると晴れを呼び、黒い馬の絵馬をかけると雨を呼ぶ」という素敵な言い伝えがあります。初めてこのお話を耳にしたとき、その可愛らしさに心が和みました。また、昨年の秋には幸運にも明和町で能楽「絵馬」を鑑賞する機会に恵まれ、その感動を胸に今回の絵馬を制作いたしました。
白い馬には太陽や青い空のシンボル、黒い馬には水滴や雨雲のシンボルをもちい、それぞれの要素をデザインに反映しています。この絵馬は授与品であり、お札やお守りと異なりお焚き上げの必要がありませんので、安心してお持ち帰りください。皆さまがご家族と一緒に、明和町の絵馬伝説について語り合うきっかけになれば幸いです。」
かつて斎宮で行われていた絵馬を使った占い「斎宮世だめし」とは
斎宮で行われていた絵馬を使った占いの様子は、能の演目「絵馬」から伺い知ることができます。
「謡曲の絵馬は、毎年節分の夜、天照大御神が来て絵馬をかけられる。その馬の毛色により、明年の晴雨豊凶をうらなうとされている。毎年十二月晦日の真夜中に新しく掛け替えられる絵馬の馬の背に背負うた稲束の色により、早稲、中稲、晩稲の忖分と決められ、これを「斎宮の世だめし」といった」とされています。
竹神社について
明治44年(1911)、旧斎宮村にあった25社の神を合祀して誕生した神社。元は竹川の古里にありましたが、明治時代に野々宮が祀られていた現在の場所に移動。周辺からは平安時代の大規模な塀列や掘立柱建物の跡が発掘されたため、斎王の御殿があった場所ではないかといわれています。また、謡曲「絵馬」にちなんだ絵馬殿にあった絵馬が、現在この神社に保管されています。
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