■福島中通り歴史探訪2(スズキGSX250R)

福島中通り歴史探訪その1(スズキGSX250R)からの続きです。

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名城と、日本のカッパドギア

福島県飯野町の「UFOふれあい館」から福島市市街に向いました。ここで、福島市名物の円盤餃子(宇宙繋がりで…)を食べようと思ったのですが、残念ながら食べようと思っていた有名店がお休みで、近くの別候補店もお休み中でした。

満腹

時間の都合もありましたので、二本松市に向う道中にも円盤餃子屋さんはあるだろうと思い、国道4号線を南下しました。しかし、これが間違い、どうやら円盤餃子は、福島市の名物らしく、二本松市に入るとまったく円盤餃子なる文字は見当たらず、そのまま次の目的地の「智恵子の生家」に着いてしましました。あー、残念…

智恵子の生家

「福島県中通りの歴史探訪ツーリング1のマップです。」とは、ご存じ、詩人の高村光太郎が妻のことを書いた「智恵子抄」の主人公、智恵子の生家である造り酒屋。その裏庭には智恵子記念館があります(400円。9:00~16:30 水休)

さて、その次に寄ってみたかったのは、安達ケ原ということでピンと来ました、安達ケ原の鬼婆伝説。伝説の内容はwebとかで調べてもらえればと思いますが、その鬼婆が隠れ住んでいたという岩屋が、二本松市内から阿武隈川を渡ってすぐにある観世寺にあります。

観世寺

境内にはその岩屋の笠石のほか、出刃洗いの池や夜泣き石などがある宝物館があり、ここには鬼婆が実際に使ったといわれる出刃包丁が展示されていて、伝説とはいえちょっと背筋が寒くなります。ちなみに、鬼婆が埋められたという黒塚もお寺のすぐちかくにあるほか、お寺の後ろに見える五重塔が唐突にそびえている「安達ケ原ふるさと村」とかもあり、ちょっとシュールかつミステリアスな場所です。

岩屋の笠石

再び、阿武隈川を渡って、日本100名城のひとつでもある二本松城、別名霞ケ城に寄りました。明治維新まで織田四家老の丹羽長秀の子孫が城主を務めました。場内には明治政府との戊辰戦争において戦った少年兵の二本松少年隊の碑があります。城の入口から箕輪門、そして桝形に続くあたりは当時を偲ばせてくれます。

二本松城

そして、次に向いましたのが郡山市にあります浄土松公園。この普通の公園にありますのが、日本のカッパドギアと言われています「きのこ岩」です。

浄土松公園

浄土松公園の駐車場から歩いて10分くらい。意外とアップダウンな道を歩くと、突然に見えてくるので、結構インパクトがあります。もちろん、本家カッパドギアには到底及ばない小規模な奇岩群ですが、このような光景は日本広しといえどもなかなかないので、郡山に行ったら寄ってみられることをお勧めいたします。ちんまいに、東北大震災前はもっと岩に傘があって”きのこ”ぽかったらしいのですが、地震で一部が崩壊してしまい、現在は崩壊の危険もあるということで、きのこ岩には近づけなくなっています。ちなみにここは、”陸の松島”ともいわれているそうです。

浄土松公園を後にして、今回の最終目的地の白河市に。

まずは白河市街にあります「白河小峰城」に。ここも日本100名城のひとつに数えられていますが、既に閉場時間になっていて天守閣まで行けませんでした。同城は、盛岡城、若松城とともに「東北三名城」に数えられている名城で、国の史跡にも指定されています。

そして、白河といえば、(歴史の授業で習った?)白河の関跡に。ここは鼠ケ関と勿来関とともに奥州三関に数えら名関として名高い関です。

現在は、このあたりに関があっただろうという場所に関所跡があり、現地には狛犬と鳥居と神社、そして歌碑があって「史跡 白河関跡」という石碑があるだけですが、ちょっと風情があります。

白河の関跡

そしてこの後、また白河市街に戻り、人気の白河ラーメンを食べて、東北自動車道に乗って帰路につきました。

とら食堂(白河ラーメン)
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